素王の歩んだ道①
こんにちは。Sです。
最近,おかげさまで仕事も私生活も忙しくて,以前にブログを書いた日から,少し時間が空いてしまいました。しかし,前回もお伝えしたように,みなさんに孔子の生涯を紹介したいという気持ちは少しも衰えていないので,その点はご安心ください。
ところで,今回からしばらく孔子の生涯について書くのですが,基本的に以下の書籍を使用して話を進めていきます。
「史記」中 司馬遷.著 野口定男.訳 平凡社版 中国の古典シリーズ1
「史記」はみなさん,御存知でしょうか。これから中国古代史を話す時は,基本的に「史記」をもとにしていきますので,この機会に簡単に紹介をさせてください。
「史記」は紀元前1世紀ごろ,漢の武帝期に司馬遷によって書かれた中国の正史の一つです。ちなみに,正史とは王朝が認めた正統な歴史という意味であり,正しい歴史という意味ではありません。「史記」は全130巻で本紀12巻,世家30巻,書10巻,表8巻,列伝70巻からなり,孔子の生涯は「孔子世家」にまとめられています。世家とは何かということまでどんどん掘り下げていくと,孔子の生涯を書かずに終わってしまいそうなので,もし機会があれば「史記」についてもまとめます。
孔子は春秋時代の魯の国の出身です。春秋時代は紀元前770年ごろから紀元前5世紀後半までの時代であり,漫画「キングダム」がえがいている戦国時代の一つ前の時代です。春秋時代がどういう時代だったかは,孔子を語っていくうえでとても大事なことなので,要点をまとめて紹介します。もしかしたら,孔子が生れるところまでいかないかもしれませんが,これは重要なことなのでご了承ください。春秋時代は,周(幽王の時代)が四夷の一つである犬戎に攻められて都を鎬京から洛邑に移したころを始まりとしています。不勉強のため,専門的には周と春秋時代ではどのような時代的な差異があるとされているかは知りません。そこで僕の個人的な解釈でお話をしますと,周の時代はその名の通り,周王朝が諸侯をゆるやかにではありますが,統治をしていた時代だと思っています。春秋時代は諸侯が周王朝の権威を利用しながら,独自に諸国を統治したり周辺の国と争ったりしていた時代だと思っています。細かく時期(春秋時代の前半,後半)や地域(楚,呉,越など)を見ていくと正しくないところもありますが,おおざっぱにそういう時代だと認識してください。ちなみに春秋時代は,孔子が書いたとされる「春秋」がこの時期を扱っているためについた名称です。ついでに言いますと,戦国時代は劉向の「戦国策」にちなんだ名称であり,日本の戦国時代は当時の公家が今の世は中国の戦国時代のようだ,といったことからついた名称です。話を戻しますと,春秋時代の終わりはこれも諸説ありますが,大きく分けて2つあります。紀元前453年と紀元前403年です。この二つの年に何があったかを語り始めると,今回のブログが長くなりすぎるのでここまでとします。
孔子の生涯までたどり着けませんでしたが,歴史好きが歴史を好きなあまり,いろいろなことを語りすぎてしまっていると思い,温かい目で見守っていただけたらと思います。